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長編小説 霧のなかの巨塔  第28回

第二章 灯りを求めて

■陽光みゆ②

恵美が再オペを受けた翌日の午後、帝北大学病院副病院長である鬼塚は本館5階にある副病院長室で11月に大阪で開催される日本外科学会で発表するテーマの準備をしていた。

『アカラシア再手術と筋切開術』という鬼塚が考案した効率のいい切開術の発表である。膨大な量のビデオを幾つかに編集した画面へテロップを入れる作業である。明るく強い9月の太陽がブラインドの隙間から床のカーペットにモザイク模様をつくっている。

デスク上にある3つの電話器のどれかが鳴るが、どの電話器なのか鬼塚にはすぐわかる。

「はい、鬼塚です」

・・・国立東京内科小児科病院の畑中様からお電話です・・・

「ありがとう……はい、鬼塚です」

・・・鬼塚先生、畑中です。ごぶさたしております・・・

「やあ、畑中先生、お久しぶりですねえ。春の“たちばな会”以来じゃないですか、お声を聞くことができたのは。またお元気そうなお声で……」鬼塚はタバコを手にとりながら楽しそうにいう。鬼塚と畑中との出逢いは4年前にさかのぼる。

偶然、二人は成田発のニューデリー行きの便に乗り合わせていた。鬼塚はインド・カチュアル半島にあるパウナガルへ、親友の息子の結婚式に招かれていく途中、一方、畑中はデリー郊外にある病院へ白血病治療の指導に赴くところだった。成田空港を離陸して4時間ほど過ぎた頃、搭乗客に急病人が発生した。ドクターがいたら、これから回る乗務員に手を挙げてほしいという機内放送がある。そのとき、畑中と同時に手を挙げたのが鬼塚だった。200人近い搭乗客のなかで医師だったのは日本のこの二人だけだった。2階のファーストクラスのシートで、初老の品がいいインド人女性が頭を抱えるようにして座っていた。手には嘔吐したらしい黒いビニール袋を握りしめている。顔色は蒼白だ。女性の様子から内科系の異常と思われ、畑中が診察にあたった。

発熱もなく脈拍がやや速いものの心機能の異常もないようだった。血圧も150、105とこれも異常はなく、畑中は急激な気圧変化による内耳機能不全と診断し、機内に常備されていた鎮静剤を靜注し様子をみることにした。その後、この婦人の頭痛や吐き気は消失し、ニューデリー空港では畑中と鬼塚に握手を求め、幾度も礼をいいながら機を降りていった。

そのときから、鬼塚と畑中は親友としての交際が始まった。2年まえ、全国主要病院の副病院長だけによる親睦会“たちばな会”を創設することを鬼塚が企画したとき、誰よりも先に、畑中を発起人第1号として引っ張りこんだ。二人は専門とする分野は違っていたが、妙に気が合っていたのである。

 

・・・医者の不養生といわれんよう、そこそこ健康保持に努めております。鬼塚先生もお元気そうで。この前の奥飛騨・新穂高行き、行けなくて残念でした・・・

「よかったですよ、先生。快晴に恵まれましてね。焼岳の薄い噴煙も見ることができましたよ、先生、いらっしゃればよかったのに……お会いできるのを楽しみにしていましたのに」

・・・ほんとに残念です。まえから受けていた別府での講演があったものですから。ところで先生、今、ご都合は?・・・

「はい、結構ですよ、きょうはオペの予定もありませんから……」

・・・そうですか、よかった。実は先生に折り入ってお願いがありまして……先だって、第3外科でオペをして頂いた姿恵美さんの件なんですが……・・・

 

姿恵美は親友の息子の大切なお嫁さんであるため、自分が責任をもって今、残されている癌腫に対し、東洋医学による断食療法によって治療したい。そのため、東京内科小児科病院への転院許可と、もし既に化学療法が始まっているとしたら、直ぐに中止をお願いしたい、という畑中の依頼だった。

医学部の殿堂ともいわれる帝北大学病院、そしてその副病院長であり、内臓外科の世界的権威者である鬼塚に自分がハウプト(執刀医)となった患者に対する治療への注文をするなど、ふつうならもってのほかといえる無謀な行為である。当然のこと拒否すべきことだが、その相手が親友である畑中ではそうはいかない。国立大病院の副総長であり白血病の世界的権威者でもある。またこれから彼が施す治療は、自分もある程度は関心をもっている断食治療である。その治療に反対できる証左もない。了承するほかなかった。

鬼塚は恵美の状態について詳しく畑中に説明した。最初の緊急オペもハウプトは自分で、昨夜の再オペは膵頭部からの腹腔内出血が始まったための緊急処置で、これは腫瘍上皮の破裂によるものだったこと、そしてその後の経過は極めて良好であることも伝える。また化学療法、再オペ後の輸血はなく、抗生物質投与も再オペ直後に1回だけ投与したほかは何もしていないこと、キャンサーをもつクランケと思えない、驚異的ともいえる良好な経過をみせていることなどを伝え、転院要請を快く承諾し、退院時まで責任をもって見守ることも約束した。

 

畑中のいう東洋医学にある癌の断食療法については鬼塚は以前から少なからず関心をもっていた。この断食療法というものが古来から慢性疾患の治療に特効として伝えられていることに、外科医である鬼塚も、できれば一度は体験したいものと考えていたことである。

だが、現代医学の権威者であることを自負している鬼塚にとって、東洋医学というものを公に用いたり有効性を認めることはプライドとして許さないばかりか、このときとばかりに学界が鬼塚に反発することが何よりも怖ろしかった。

畑中のいう『千島学説』については幾度か耳にしたことがある。『赤血球はすべての体細胞の母体であり癌細胞も赤血球から分化したものである』とか『造血箇所は骨髄などではなく小腸の絨毛である』などといった学説だったが鬼塚には関心がなかった。ただ、癌細胞の起源は赤血球であるとか、栄養不良時には癌組織や炎症部組織から正常赤血球に逆戻りしていく……といっていることについては、断食後の人間に若返りのような現象が生じていることを思い出し、畑中がいつもいっている千島学説なるものをただ、奇想天外なものとして拒否することに、何か抵抗を感じるというのも事実だった。

……一度、畑中から千島学説なるものの説明を聞いてみたいものだ……というそんな微かな願望もある鬼塚だった。自分たちの癌理論に『転移』という術語がある。この語について外科的な観点から、鬼塚はいつも疑問を感じていた。閉鎖型と定義されている組織内毛細血管であるのに、なぜ血流をとおして癌細胞が他の組織内に侵入することができるのか……リンパ管を通して癌細胞が全身に伝播するともいわれるが、そのような実態をまだ誰もみたことがない……だが、いたる所に発症する……なぜだ? 癌細胞には運動能力はないのに……

このナゾが千島学説に触れることで解くきっかけができるかもしれない……畑中の声を聞きながら鬼塚はそんなことを考えていた。一週間後に予定している抜糸が終わったら2,3日中に退院できるよう取り計らうことを改めて畑中に約束する。

 

そんなことから、鬼塚は恵美の脚力低下を防止するため、オペの翌々日から創口の痛みを訴えても脚を使って歩く努力をさせたり、ベッド上に座って食事をすることなど、平常生活に少しでも早く戻れるような努力をすることを指導したのである。畑中からの要請がなかったら、私大の雄とされる帝北大学病院の副病院長である鬼塚がいち入院患者である恵美のために、患者の回復を高めるための特別な指示をすることなどあるはずがない。

通常ならば、間もなく第4内科へ転科となり、化学療法、いわゆる恐怖そのものといえる抗癌剤投与が始まることになる。こうなったとき、恵美は激烈な副作用によって一ヶ月以内にも苦しみながらまだまだ若い一生を終えることになっただろう。

逸平の元上司であった山本、そしてその親友である内科学の権威者、畑中博士がいたことによって恵美の命が救われることになったのである。もちろん、鬼塚教授の適切な緊急処置と高度な技術があったからこそ恵美を死の淵から救い出した第一の恩人となったことはいうまでもない。

恵美を騙し、会社の部下たちも騙して不倫の愛に溺れていた逸平だったが、神はこれまでの罰にかわって今度は救いの手をさしのべ給うたのであろうか……それとも、けなげに生きてきた純情な恵美を見るにみかねて救いの手を差し伸べたのだろうか……  奈落の暗闇のなかで恵美のこれからの道標となるべく一条の光が差し込んできた……この暗から明への奇跡ともいえる変遷は、単なる運命などといったものではなく、恵美の希望に燃えた体内に生じた、超常的な生命エネルギーによるものといったほうがいいかもしれない。

 

再オペの後、恵美の体力回復は目を見はるばかりだった。きのうは創口の治癒状態がすこぶるいいといって主治医の大河内は、予定より1日早く抜糸を行った。その日の正午まえ、鬼塚教授が大河内とともに恵美の病室を訪れ、退院は明後日の9月26日で、退院後は東京内科小児科病院で畑中副総長の治療に委ねることになり、関連資料やカルテは大学病院から直接、畑中博士のもとに送付することになると、ちょうど病室にいた逸平に説明する。

第3外科部長であり副病院長である鬼塚教授が二度も恵美の病室を訪れたことに、医局の医師や看護師たちは逸平や恵美を畏怖の目でみるようになる。

逸平たちは畑中博士の絶大な権威というものを知らされた。退院の日を知らされた逸平はその日の午後、東京内科小児科病院に畑中博士を訪ねる。回診中だった畑中博士を2時間余り待ち、きょうまでの経過を報告し、鬼塚第3外科部長の温かい配慮を頂いたことも伝えた。

カルテ、写真、その他の資料も退院日に畑中博士の病院宛て郵送されるということも。そして、畑中に心からの感謝を込めてお礼をいう。そんな逸平の報告を我がことのように喜んでくれ、直ぐに東洋医学療養センターへ入院日確定の連絡をしてくれた。入院日は10月1日、コースは30日、入院人数は逸平と恵美の二人……畑中はそんな逸平を奥さん想いの素晴らしい夫だとひどく感心する。これまでの余りにも罪深い逸平の行動を知らない畑中には、世にも稀な優しい夫に思えたのだろう。逸平はひどい後ろめたさを感じる。良心というものがあれば、そんな感覚が生じることは当然のことであろう。

入院日の10月1日は今の予定では逸平のサウジアラビアへの赴任日である。原油輸送基地建設の責任者として、東洋自動車のグループ企業、南海汽船に移籍して初めての重要な仕事だった。

しかし、このいま、恵美をひとりだけで別府のセンターへ送り出すことなど逸平にはできなかった。南海汽船での初仕事になるこの重要な責務に、一ヶ月以上もの穴をあけることは、自分の将来に大きなリスクを残すことになることは明白である。しかし逸平は恵美に付き添うことを選んだ。これまでの恵美への裏切りを詫びる気持ちもあったが、それより幾つもの末期の癌腫を、手遅れとして残され、生死の淵を彷徨い、幸運にもたとえ一時的なものとしても生還してくれた恵美をひとりおいて、遠い中東という地域に赴くことなど考えることもできない。たとえ業務第一と考え任地に赴いたとしても、毎日、恵美のことを心配しながら、重要な仕事に打ち込むことなど出来るものではない。それどころか、注意が散漫になり、取り返しのつかない大失態をまねくことになるかもしれない。

それよりも恵美の全快を見届けてから安心して赴くほうが当然に賢明な行動だ。もちろん、会社からその了解を得ることができればのことだが。

もし、会社から予定どおりの赴任を命じられたら、残念ではあるが退職するつもりでいた。

恵美が元気になってくれたら、二人でどんな仕事でもやっていけるはず……また、そうしなければならない。三人の子どもたちのためにも……逸平はそう決心していた。

 

恵美の経過が非常にいいことから、退院の前日、日帰りの予定で神戸の南海汽船本社を訪ねる。

神戸市内も東京と変わらない残暑が続いていた。街じゅうにむっとする空気が淀んでいたが、時おり海から吹き上げてくる風のため東京のような不快感は少ない。東の空には綿菓子を重ねたような積乱雲が見えるが、ここ最近は雨らしい雨は降っていない神戸である。

市内への通りの街路樹に市の作業員たちが散水車で水を撒いていた。そんな乾燥した道をタクシーから降りた逸平が本社の玄関前にいる。その後ろ姿は自信に満ちた以前の逸平だった。

北海道へ出張中、正樹から恵美が倒れて意識不明になったという急報を受け、搬送された外賀綜合病院へ急ぐときの、あの打ちひしがれた様子はみじんもない。まったく別人のように精悍さが戻っている。逸平の心は喜びに満ちていた。愛する妻が死の淵から生還してくれたことは何にも優る喜びだった。手遅れになっているという癌腫は幾つも残っているが、それについては、畑中博士の尽力によって別府のセンターで断食療法という癌を基盤から追い払う療法を始めることが決まっている。完全治癒することはほぼ間違いないといってくれた畑中博士の心強い言葉をもらって、心が弾む思いの逸平だった。

ひとの心というものはその様子を、姿勢のなかに歴然とあらわすものである。

逸平の直属の上司となる第3運航部長の安西誠は主席専務の権藤からよく事情を聞いているらしく逸平の11月10日までという長期休暇届を快く受理してくれる。

「今の姿くんの任務は奥さんの看病に当たることだ。仕事のことは権藤専務とうまく手配を済ませているから心配は無用だ」と安西部長は力強く逸平を励ましてくれた。すでに状況を把握していた権藤は臨時取締役会で10月1日から11月末日という暫定期間で東京支社資材部の部付次長、村田清を逸平の業務代行者として任命していた。逸平が現地に到着次第、業務を交代し帰国するという辞令だ。あいも変わらぬ権藤の早業である。

安西部長と今後の打ち合わせをしたあと、幸運にも本社に在室していた権藤専務にも会うことができた。恵美のその後の経過は非常に順調であす退院すること、残された癌腫は別府市の療養センターで断食による根本療法で治療することになり、自分も妻と同行する旨を伝える。断食療法で癌を治療することに対し権藤は懸念を示すが、東京の国立大病院の副総長、畑中博士の手配であることをきいて驚きとともにその療法への関心を示す。一時間余り権藤と話し、入院中も定期的に権藤のもとへ経過を報告することを約し、これからのことをお願いして本社を出る。

在室していた部課長や社員たちの励ましの声に、思わず涙ぐんでしまう逸平。玄関の外まで十数人が見送ってくれた。そんな人たちに軽く頭を下げて応えると地下鉄の新神戸駅に向かう。

帰京する新幹線は7時過ぎだ。約3時間もあるため、マンションへ寄ることにした。

マンションのレターボックスには今日の郵便物しか入っていない。今までのものは管理人が預かっていてくれた。溜まっていた新聞や郵便物を紙袋に入れてもらうと、久しぶりに自分の部屋のドアを開けた。室内から畳や壁、その他様々な悪臭ともいえる臭いをもった空気が通路へ噴き出す。室内へのドアを開けはなしたまま、急いで部屋の戸をすべて開け放つ。海からの涼しい風が一気に部屋の換気をしてくれた。エアコンのスイッチを入れ、顔に流れる汗を手の甲で拭きながらテーブルにおいた郵便物を見ていく。請求書類やDMに混じって水色の封筒がでてきた。

千鶴からの手紙に違いない。名前はあるが住所は書いてない。ここのあいだ、ずっと恵美に付き添いながらも、時おり行方が分からなくなってしまった、千鶴のことが気になることはあったが、それは以前のような愛欲的なものではなかった。新千歳空港で落ち合う約束を、連絡できないまますっぽかしてしまった自責の念である。千鶴からの手紙を目にしたとき、逸平の心はわれながら不思議なほど落ち着いていた。逸平のなかから、ようやくにして千鶴の存在が薄れていたのである。遅すぎたかもしれないが……千鶴の手紙を目前にしている今も、恵美の優しい顔が目に浮かぶ。恵美が生死の淵を彷徨っているとき、逸平は心の中で詫びていた。長い海外出向のあいだ、恵美はひとりで子どもたちを育て、留守を守り、そして正樹の狂気ともいえる暴力に耐え、正樹の行動は自分の育て方が誤っていたからだと、自分を責め続けてきた恵美が愛しくてならなかった。けなげな恵美にひきかえ逸平は、正樹の暴力に目を背けていたばかりか、千鶴との不倫の愛に溺れていたのである。

 

恵美は千鶴との不倫をずっと前から知っていたはずだ

残業だとか休日出勤だとかいって恵美を騙してきたが

きっと何かで気付いていたに違いない

そんなにいつまでも騙され続けるはずがないじゃないか!

勘が強い恵美のこと……知っているために、ずっと悩みつづけてきたのだ!

正樹のこと、またオレのことで悩み、苦しんだあげくに癌なんかになってしまった

オレと正樹が恵美を病気にしてしまった

正樹はずっと前に反省してあんなにいい子になっていたというのに

オレはついこのまえまで千鶴のことを思いつづけていたとは

去年から恵美の異常には気付いていたのに何もしてやらなかった

あのころ、オレの頭の中は千鶴のことだけしかなかった

なんというバカ者だったんだオレは!

恵美を苦しめ、死の淵までも追い込んだのこのオレなんだ!

許してくれ、恵美……恵美……

 

千鶴の手紙には逸平が先に送っていた東京・札幌間の往復航空券が同封されていた。

……千鶴は千歳へ来なかったんだ!…… 逸平は心の底から安堵する。気持ちが一気に軽くなった。手紙には約束を破ったことのお詫びと、最近、婚約し来年3月には挙式する予定であること、会社は9月30日で退職することなどが簡単に記され、逸平さまのご健闘をお祈りしておりますという言葉で結ばれていた。いつものあの美しい文字で……

千鶴からの手紙をしばらくじっと見つめていたが立ち上がり棚から灰皿を出すと手紙をもってキッチンへ行く。灰皿に手紙を入れると、手元のライターで火をつける。オレンジ色の焔が急に青白い色に変わる。航空券が燃えているのだろう。燃えつきて金属のように曲がった燃えカスに水道の水を掛け消えていることを指で確認すると隅の生ゴミ入れに捨てる。

時計を見るとまだ夕方、5時半を少し過ぎたところだ。予定の帰京時間より大分早いが、病室で待つ恵美のもとへ帰ることにした。明日は恵美の退院日である。梨香も退院の整理のため名古屋から来てくれる。逸平にとって恵美は、かけがえのない人であることが、癌に倒れてから、ようやく分かったのである。恵美を重い病気にし、千鶴の心には深い傷を残すという大きな犠牲を払わしめたなかで……

 

恵美が退院する前日、三品千鶴は東京へ戻っていた。退職日も近くなったものの、所属する計算室での業務は引き継ぎがずっと前に終わっていて千鶴がやることは何もない。退職当日まで有給休暇を消化することにしている。

数日のつもりでいた帰郷が10日以上にもなってしまった。実家でも店の手伝いは慣わしからできない。店頭へ顔をだすことさえできないカゴの鳥同様の生活で、息苦しさを感じて東京にすぐ戻ることも考えたが、逸平との愛の日々が思い出される所へ戻ることに大きな抵抗を感じる。

できることなら、もう東京へは戻りたくない……そう思う千鶴だったが、現実はそんなことができるわけがない。東京にはプロポーズを承諾しようと思っている高羽健太郎がいる。

実家の電話は何かのときのためにと思って、高羽に伝えておいたが一度だけ電話があった。

いつ戻れるかといって。まだ東京へは戻りたくなかった千鶴は適当なウソをつく。実家が営むお店の手伝いが忙しく、もう少し仕事を手伝ってから戻るといって……

たしかに千鶴の実家は松山では有名な海産物卸業を営んでいて、二十人近い従業員が働いているが、千鶴が店を手伝うなど彼女が生まれてから一度もないこと。この店の『お嬢さま』は店先にでることは許されないことなのである。海に関する仕事は男だけの仕事になっているため、女性は店に顔を出すだけでもいけないという海産物業者の掟なのだ。お嬢さまは尚更である。

松山へ帰る列車のなかで、逸平との愛を自分から一方的に断ち切った悲しみと苦しみに、さいなまれた千鶴だったが、東京から遠く離れた松山にいると、わずかではあったが、心の整理ができたように思えるものの、逸平への思慕から解放されることはなかった。そんな気持ちのなかで高羽に逢うことはできそうにない。しかし、いつまでも松山ににいるわけにはいかないし、退職日も近づいてきたため、仕方なく空路東京に戻る。

松山を発つ日は高羽に伝えなかった。彼との結婚を決意した千鶴だが、逸平との愛を清算したいがために決めた高羽との結婚……もちろん、まったく愛がないわけではない。だが逸平を忘れるための打算的な考えであることには間違いはない。千鶴の心はいまなお逸平への追憶で満ちていた。心も体も捧げた初めての人、そして苦い想いも残してくれた人でもあった逸平。生涯忘れることはできないだろう。羽田に着いた千鶴はひとり自由が丘のマンションに向かう。

明日には業者が引っ越しの荷造りにくる。業者は東京にいる大学時代の友人が勤務している会社である。同窓生でもある彼女には一昨日、松山から電話で予約しておいた。その友人もあしたは休暇をとって手伝いにきてくれる。逸平との甘く楽しい想い出が残るマンションともあしたでお別れ……一日でも早く逸平への想いを断ち切りたい……それは千鶴のせつなる願いだった。

翌日、二時間ほどで荷造りは終わり、想いでの多かったマンションを後にする。トラックの後につく乗用車の窓から後ろを振り向きたい気持ちを抑え千鶴はずっと前方を見つめていた。

いま振り返ると、これまでの決意が揺らぐように思えて……

 

逸平さん、さようなら……長いようで短かったこれまで

今、思うとあっという間だった もうこれであなたに逢うことはできない

こめんなさい、あなた でも、こうするしかなかったの この罪深い愛を終えるためには

わたし、来年の3月には結婚するの お願いあなた  わたしの幸せを祈ってね

結婚してからも、あなたのことは決して忘れないわ  ほんとうは忘れたいのだけど

長いあいだ、ほんとうに有り難うございました どうか奥さまを大切にしてあげてね

 

まえを見つめている千鶴の目には涙が浮かんでいた。前を走るトラックは首都高速道路を経由して40分ほどで田端にある新しいマンションに到着する。ここで千鶴はアルバイトをしながら、来春の高羽との挙式まで過ごすことになるはずだったのだが……

 

市街地の中心にあるこの6階建てのマンションは、淡いベージュ色に塗られた比較的新しい物件だった。建物の裏側は30台ほどは置けそうな駐車場になっている。

商店街のなかにあるためか1階はすべて店舗になっていた。喫茶店に洋品店、電器店、いちばん奥はレストランだ。市街地ゆえに静寂な環境とはいえない。

千鶴の部屋は5階だった。トラックに付属したクレーンが次々と荷物を窓から室内に搬入していき作業は30分ほどで終わる。その日の夜、荷物の整理も終わり、手伝ってくれた友人と夕食を済ませ見送ったあと、千鶴は高羽に電話をした。千鶴の気持ちとしてはまだ、高羽と逢う気持ちにはなっていなかったが、何時までもこのまま、引きずっておくことはできない。

まだ電話の設置工事がしていないため、1階のエレベーターホールにある公衆青電話までいく。電話器に百円硬貨を2枚入れると番号を押していく。高羽は直ぐに出た。

・・・高羽です・・・

「健太郎さん? 千鶴です」

・・・あ、千鶴さん! いま何処? 松山?・・・

「ううん、新しいマンションよ、田端の……」

・・・ええっ! いつ帰ったの東京へ……・・・

「きのうの朝、羽田に着いたの。ごめんね、黙ってきちゃって。だってお引っ越しを頼んでいた業者の人に羽田まで来てもらっていたの、下見にね。バタバタすることが分かっていたから電話しなかったの、ごめんなさい」

千鶴は連絡しなかったことにウソをまじえて弁解する。逢う気にならなかったなどといえることではない。

・・・きのう帰ったのか。連絡をくれれば何か、手伝いに行ったのに・・・

「ありがとう、でも健太郎さん、レディーのお引っ越しよ。わかって? 男の人に荷造りなんか頼めて? いくら健太郎さんだといっても……」意見するような口調で千鶴がいう。

・・・ごめん、ごめん、そういえばそうだな。気づかなかった。それで荷物の整理はもう終わったの?・・・

「うん、終わったわ、それはそうと、今度の日曜日、28日だけどドライブに行かない? 健太郎さんの車で。きょうね、大学時代の友達から聞いたんだけど、城ヶ島や観音寺の景色がとても素晴らしいんだって。わたしたちも行ってみましょうよ。お弁当はわたしに任せといて……」

高羽と話をしているうちに千鶴の心は弾んできた。逸平の面影が次第に薄れていく気がする。

・・・今度の日曜日、28日だね。行こうよ、うれしいな。千鶴さんとのドライブなんて、初めてだもね、行こう、行こう、天気もいいみたいだよ、予報でね・・・

「ほんと? よかった、じゃ約束よ。わたしは8時半に五反田駅へ着くようにこちらを出るわね、西口で待ってる、いい?」

・・・いいともさ、その時間までに僕が行ってるよ、お弁当頼むね・・・

「任せといて、健太郎さん。おいしいお弁当を作っていくわね。じゃ、日曜日の朝、またお逢いしましょう、おやすみなさい」高羽の声を聞きながらそっと受話器を戻す。百円硬貨が一枚、音をたてて戻ってきた。

 

日曜日は高羽がいっていたように、快晴だった。見渡すかぎり雲ひとつない。

高羽が運転する赤いBMWは横須賀道路を降りて城ヶ島へ向かう国道134号線をかなりの高速で走行していた。助手席に座る千鶴は水色のノースリーブのワンピースがよく似合っていた。

淡い薄化粧が千鶴の美貌をいっそう際立たせている。膝には白いカーディガンが。

進行右側の丘の向こうには、コバルト色の相模湾が広がり、その沖合いは陽光を受けて眩しいほどにギラギラと輝いていた。休日ということもあり、上下線とも車の量が多い。

車内は冷房がよく効いて寒いくらいだ。千鶴は寒そうに両手で腕をこすっている。

「寒いわ、ちょっと冷房を弱くして下さる?」そういいながら千鶴はカーディガンを腕に通す。

「やあ、ごめん、ちょっと効きすぎだったね、いま弱くするね……」高羽はエアコンの温度調節ダイアルを回すために一瞬ではあったが前方から目を離してしまった。取り返しのつかない、とんでもない悲劇はそのとき起きた。エアコンに気をとられていた高羽は緩い左カーブにハンドルを操作するのが遅れてしまう。車体の半分近くがセンターラインをはみ出してしまった。

これが運命というものだろうか……前方から大型トレーラーが激しくホーンを鳴らしながら目前まで接近していた。

「アアーッ……!」千鶴の悲鳴が上がる。ハッとした高羽が目を前に向けたときには、トレーラーの前部が高羽の車に覆いかぶさっていた。

ドーン……! バリ、バリ、バリーッ、ガ、ガーッ……! 大音響とともに高羽の赤い車は車体の前半分が引きちぎられていた。車体の前部を引っ掛けたままトレーラーは道路脇の丘に乗り上げて車体が横転しそうなほど傾斜させて止まる。高羽の車の後ろ半分は鉄の塊となって車線上に残り、そこへ後続の黒い乗用車が急ブレーキの音を響かせながら突っ込んでいった。避け切れず前輪が鉄塊の端に乗り上げ横転、横向きになった乗用車は真昼でも見える火花を散らし、さらに漏れたガソリンに引火して火だるまになって、対向車線で事故のため急停車していた大型トラックの車体下へ狂った猛牛のようにもぐり込んだ。大型トラックは猛火につつまれる……!

この惨事はわずか30秒ほどだっただろうか、いや、もっと短い時間だったかもしれない。黒塗りの乗用車にもぐり込まれた大型トラックは救急車が到着したときも未だ焔と黒煙を上げて炎上していた。後続車、対向車線に止まったドライバーたちの怒号や叫びがゆき交い、惨劇の壮絶さがいっそうに強調される。

それからさらに20分ほど後、消防タンク車、化学消防車や特殊作業車、パトカーなどが到着したが、既にそのときには乗用車と大型トラックは全焼していた。高羽の車の後を走っていた黒塗りの乗用車には運転者を含めて4人が乗っていたが全員が焼死していた。大型トレーラーや大型トラックの乗員、同乗者には怪我人はいない。この惨事を引き起こしたのは高羽の車。前方不注意による車線のはみ出しである。運転していた高羽と同乗の千鶴は即死だった。車体は大破しトレーラーに引きづらた二人の遺体は損傷が激しく救急隊員すら目をそむける。

高羽の一瞬だったがその不注意運転が、千鶴の命を奪ったばかりか、何の過失もない後続車の4人の尊い命までも奪ってしまったのである。

逸平との決して許されることはない愛を、賢明な判断によって清算し、高羽との結婚を心に決めた千鶴……逸平への思慕を捨てて、高羽への愛を深めたくて考えたドライブだったのに……

それが、これほどまでにひどい、惨劇になろうとは……

避けることができない宿命だったとしても、余りにも悲しくむごい結末だった。ただ、一つの救いといえるかもしれないことは、千鶴が結婚することを決意した人とともに、苦しみのない永久の幸せが待つ世界に旅発っていったことかもしれない。千鶴は25歳、高羽は29歳だった。

 

(つづく)

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